Projectとは違いFlathorityスタッフ自らがblog形式で好きな話題を好きな言葉でサラッと綴っていく企画で
す。
 
   
 

<第八回>
〜欲〜

自分はいったい何がしたいのか・・・
ものづくりが好きでなんだかんだ鞄作りに没頭している毎日・・・

あまりに工房にこもって作業していると一点集中型といいますか周りが見えなくなってくる。

見えなくなるように勝手にシャットダウンしているのかも?!

 
そうでもしないと、集中できなくなる。

集中というより、もっと研ぎ澄まされた何か。

その研ぎ澄まされた時間っていうのは、その時には気づいてないのかも知れないですけど、後で気づくととても充実した時間であることは言うまでもありません。
(軽い浦島太郎状態!)
 
だから何がしたいのか・・・  
好きなものを作りたい
売れるものを作りたい
どっか遊びに行きたい
パァーっと飲みに行きたい・・・
心身共に充実した時を過ごしたい!

創造することと、想像すること。

どれもこれも無限の可能性を秘めている。
ものづくりとは人生であり人であります
きっと。
 
唐突ですけど、何が大事ってやっぱり物事はバランスが大事ですよね。
もっといろんな人にあって、いろんなものを見て、いろんなことから刺激を受けて、吸収して良さげなものを作って行きたい。
自分もみんなも納得できる物を作れる男になりたい。

〜違いの分かる男〜に選ばれたい!

自分たちが、心から楽しめるスタンスで物を作って行きたい。

そういう風にしていかなければ・・・
当たり前のようですけどこれからの時代は特に『ものづくり』ってそうでなくてはなりません 。

 
Wakatsuki  
   
 

<第七回>
鞄選び

今までは鞄のデザインや価格で、選んでいたが(特にデザインです)このハンドルと言うのもは、かなりの割合で重要視して行かなくてはなと、思い始めたました。いくら自分好みのデザインでも、持った瞬間の握り具合、手のひらへの馴染み感。此れほどまでに大切なのかと実感させられました

手への感触、感じられかたは人それぞれ違うけど、一番肌に触れる所だから大切なのです。重さを感じさせなく、しっくりくる感じが良いですね。

例えば いくら素晴らしく美味しい店でも、接客態度が悪かったら二度と行きたくなくなりますよね?ハンドルも一度嫌な感覚に感じてしまうと二度と持ちたくないと思ってしまいます。これって僕だけでしょうか?デザイン、価格、金具の良さ・・・等で決めるのも良いですが、今度買いに出かけた際にハンドル 一度気にして見て下さい。少しだけでも選択肢が増えますよ。より良い物を選ぶ為にも!!

今一番ハマっている事。戦場の絆です。戦場で お逢いしましょう!!(ジオン軍ですよ!)

 
Yamaki  
   
 

<第八回>

今回は日頃お世話になっている職人さんレポート!!
職人 清野さんです。

今年72歳を迎える、清野さん。"職人歴53年"とベテランの域を超えている方である。(失礼極まりないけれど愛くるしいお祖父ちゃん!!)

「恥ずかしいな。こんなおれじゃなくてもっと若い奴いるだろーよぉ。」と照れながらも話しをして下さった。

最初に鞄作りのため入ったのは身内の紹介で学生鞄の制作を担う会社だったらしい。
「今では見ないけど、昔の学生鞄は一枚革で作られていて、革床の処理(革の裏面にのりを塗り磨く)やら下仕事と朝から晩までよくやったよ。若いときには苦労をしたなー。」

まるで、自分に言われているかのようで、思わず反省でしたね。


これは腕ミシン。自作で平台にもなるように取り外し可能な台を自らで拵えたものらしい。
無いものはつくる。職人さんの知恵である。うーん素晴らしい!!

人一倍探究心が強かったという清野さん。その後ハンドバッグ屋、爬虫類専門店と様々な経験を経て現在に至ったという。我が社の専属になっていただいて25年。清野さんには多種多様な仕事をしていただいていますが、完成度とスピード共に年を感じさせない仕事ぶりには驚嘆!!「もう駄目だ、駄目だ。」と言いつつも鞄をつくり続け、未だに成長し続ける72歳である。

最後に鞄作りに於いて一番気を付けている事は何かと訊ねた。
「今も昔も変わらぬ思いで職人をしているよ。綺麗に丁寧につくる事。ただそれだけだよ。」
そう語る言葉の思いは量りきれない。

このレポートを作成するにあたりご協力して下さった清野さん、本当にありがとうございました。

これからもビシバシとご指導の程、宜しくお願いいたします。

 
Shibuya  
   
 

<第八回>

フルレザーでしかも大きいヤツ。そんなリュック、欲しいなと思って製作に取り掛かったのは今から三年前のこと

いも虫ショルダーが完成形になってきてもうそろそろ次の形(定番!?)を作らなければというプレッシャーの中で、学生時代にここの会社から素材提供してもらって製作した柿渋染めハンプのリュックをリメイクする事にしました。

鞄作りに限らず物作りは、失敗、発見、驚き、の繰り返しで一発で完璧な商品を作るのは、ほぼ無理に等しいと思っています。
柿渋染めハンプのリュック

それはもしかしたら僕の経験が足らないだけかもしれませんが、、どこかに妥協して適当に納得しながら前に進むということを、僕たちはしません。さらに僕の頑固な性格がそれを余計にさせてくれません。


会社内では1stサンプルでも、実質二回目になるフルレザーリュックサンプル製作はインパクトのあるものは作れたと思い、賛否両論あったのですがどこかパッとしないのです。
はっきり言ってしまうとバランスが良くなかったのです。

フェザーシリーズで取り入れている「立体裁断」は思ったような膨らみを出すのに手こずります。
実質二回目のフルレザーリュックサンプル

さらに革物はその革の厚みでその商品の価値がきまってしまうと言っても過言ではないのですが、その厚みも計算に入れながら、型紙を引いていくのは容易な事ではないのです。

最初の頃は思ったとおりに形が出なくて、カンが頼りでした(笑)

作っては直し、作っては直しの繰り返し。何度かそれを繰り返していくうちに自分が頭の中で思い描いていた物に近づいていきました。

あまり町では見かけないフルレザーリュック。
なんだか外国人の方に人気があるようです。

FF-204

最近、(といっても一年越しの企画ですが、、)女性の背中には少し大き過ぎるということで、現在、さらに改良したSサイズ(FF-207)も販売スタートしました。

 
wakatsuki  
   
 

<第七回>

flathorityの鞄が皆さんの手元に届くまで

普段皆さんが使っている、もしくはこれから使う出あろうflathorityの鞄は様々な人達の手により形作られています。
まず、デザイナーがデザインを起こし、サンプルを作ります。
(デザイナー案以外の誰かの場合もあります)
そのサンプルを元に革選びから金具、ファスナー等の材料選び。
この鞄を使う人がどうしたら使いやすいか、耐久性の面で不都合は無いかなど気がつかない様な細かな所に到るまで(場合によってはサンプルを使用したりして)スタッフ全員で意見を出し合いますが、これがなかなかまとまりません。
flathorityスタッフはそれぞれ個性派ぞろいのためか、時には意見の衝突もあったり(まぁ、良いモノを作るには衝突も必要かも)

そんなこんなで、ようやく一本の鞄が出来上がります。

こうして、デザイン、素材の決まった鞄は生産されるわけですが、品質の高いモノを世に出したいという思いから、その職人さんの腕を充分に活かせる数量しか生産しません。
ですから、決してたくさんの生産が出来ず、時にはお客様にはお待ち頂くこともあります。

しかし、まだまだ生産して終わりではないのです。
このような大変な過程を経て出来上がった鞄(子供達?)達ですから、最終チェックで検品をします。

これで、ようやく世の中に送り出していくのです。
flathorityの鞄はスタッフと職人さんの手間と最高のモノを作ろうとする想いが詰まっています。

どーぞ、街で見かけた際にはお手に取ってご覧下さい。
これを読んで頂いた後にギャラリーの方もご覧下さい。また違って見えるかもしれませんよ

 
tezu  
   
 

<第六回>

僕がこの業界に入ったきっかけ・・

革鞄を学びたくてこの会社飛び込み、一年半が経ちました。主に、職人さんに作って戴く商品材料の準備、検品などの業務に携わっています。
入社時、「うちスパルタだから宜しくね!」初球からストレートに来た言葉に内心ビクつきました(笑)

 
当初は、仕事の流れが把握できず悪戦苦闘の日々でしたが、どうしたらよりスムーズでより正確に動けるかと試行錯誤するうちに、徐々にペースがつかめ、仕事内容もステップアップしてきました。

上司の方々と製作しました。<右図>
商品事の経過、作業の確認が出来る表。
ミスが減り、本当に役立っています!
 
職人さんに会う機会も多く“イメージでは気難しくて多くは語らず”みたいな方々を想像していたけれど、むしろ逆で気さくな方ばかりです。世間話で盛り上がり、時間が過ぎてしまう事もしばしば…だが、鞄の事となれば、顔つきは真剣そのもの!  

職人さん各々が何十年とかけて確立しているつくりのスタイルは、豊富な知識と経験の宝庫で、そんな方々のアドバイスはより良い鞄を作っていく為の欠かす事の出来ない要素であり、僕にとって何よりの革鞄のテキストとなっています。
?br> また機会があれば職人の方々を紹介していきたいなーと思っています。
ではでは

 
Shibuya  
   
 

<第五回>

Code name FF-206 コクーン(繭)ボストン  誕生まで。

始めは自分が欲しい(持ちたい)と思う物のスケッチからの事であった。

俗に言うマジソンバッグタイプのボストンはないものかなぁ??

 
とスケジュール帳に描き始めた。
描いたと言っても、デザインの勉強など教わった訳でも無いためイタズラ書きのような物であった。
自分と若槻君(Flathorityモデリスト)が仕事を終えて、会社に残って話をしていた時に絵を見せて
「こんなボストンバッグ作りたいんだけど・・どう?」

答えは、
「いいんじゃないですか!やりますか?」

その返事に事態は急展開!!
 
自分の思い描いたものが形になると思い嬉しくなった。
所々の変更点はあった物の大枠は崩さずに思い通りの仕上がりになった。
 

自分唯一のこだわり・・
重心を低くしたフォルム
ラインはトヨタアリストの斜め後ろ45度からのヒップラインである!

流石、GIUGIARO作なライン
この例えは実に変でマニアック??

それがコクーンに対するこだわりなのである。

 
書けば長くなる話を大部分省略しましたが、コクーン誕生の話です。
次回機会ががあれば何を作ってみようかなぁ?!
 
Yamaki  
   
 

<第四回>

フラソリティで写真や公報関係のデザインを担当、マネージャーの小言に耐えぬきモデリストのこだわりに振り回され早一年半。

なんだかんだ自由に色々とやらせてもらってますが。基本は鞄のデザイナー、職人さんと連携してその商品のイメージを二次元で表現してく作業ですかね。
最近では慣れてきたせいか、なかなかシステマチックになってきました。

僕が入社する以前は無かった分野のようで(それまで、展示会用の写真やカタログはどうしてたんだろう?)入ったばっかりの時は、とにかくバタバタ。

「これとこれをこんな感じのデザインでお願い。明日までね」とか!

えー、期限みじかっ!明日ってぇ!

当時はこんな事が日常茶飯事。とにかくPCやプリンターの調子が悪くならない事を祈りながらの作業みたいな。
ただ、良いところもたくさんある。ここはデザイン事務所じゃなくて、鞄作り現場だって事。分野は違えど良いものを作るというのは共通認識。職人さん達のこだわりにはとても勉強になる。モノ作りの現場ではみんなが一日二十四時間サイクルを嘆いてるけど、ここの人たちは四十八時間あっても嘆くんだろうなぁ。

 
先日は、フラソリティ「秋を感じる」をテーマに素材撮影をしてきました。
前日別撮影で朝までいた新宿のネオンから、都内外れにある某公園へ。スーツから私服に替え直行。
歌舞伎町の赤や黄色のネオンも紅葉の赤や黄色も活字上では大差ないが、体感するとその落差に感動。
 
この感覚は普通の仕事では味わえない楽しみの一つかも。いつも撮影時はPCでの編集を考え、あまり細かい事は気にせずバシバシ撮っていく。  
老人が止まっているように歩き、犬が縦横無尽に走り回り、イナゴが飛びかう公園内は時間の流れが違うように錯覚する。
そんな雰囲気を代表した写真も一枚。関係ないけど良くないですか!?(ヤラセなし)
 
そんなこんなで撮影自体は3時間くらいで終了。帰りの車内でフォトチェック。
んー、我ながら上々の出来!

グラフィック関係担当なので、僕のにわか鞄うんちくを書いてもしょうがないので、これからもこんな感じの内容になってしまうけど、最後まで読んでくれて有難う。

 
Public Designer Ves  
   
 

<第三回>

専門学校三年の初め頃からミシンがけのバイトを探し始めて、学校の先生のつながりで今の会社を紹介されたものの、なかなか素人である学生が都合良く出来そうなバイトなどそうそうあるものでも無いらしく、最初は断られました。

就職も決まらずこの先どうしようかと考えていた夏休みも終わりの頃、突然僕の携帯電話に一本の連絡があったんです。
その内容は、ミシンがけのバイトとまでは行かないが夏休み残り二週間、会社内での鞄製作を体験してみないか?
との事でした。(業界初!?インターン制度!) 

人生サプライズが好きな僕は、その時帰省中で地元福島にいたんですが、
次の日には自作のバッグを片手に、葛飾区にある会社の門をくぐっていました。

そこでまず目に入ったのは、とても雰囲気のある階段と、そこにいる人たちの風景、、、まるで〜Always-3丁目の夕日〜でも(当時まだやってませんけど)見ているかのような、なんとも懐かしい古き良き時代の、昭和の風景がそのまま残っている工房に心惹かれてる自分がいて、インターン期間が終わった頃には僕の気持ちは固まっていて、(二回目のブログでシゲハルマネージャーが書いてますが)新宿の居酒屋で僕の入社は決定したのです。

当時、一番年が若い職人で僕の父親と同年齢の55歳、年長者で70歳と見事に空洞化していた会社で社会人一年目はスタートしました。
日本の社会問題ともなっている、バブル崩壊後の不景気、海外への技術流出による、製造技術の後継者不足に直面していた現場は、最初はやっていけるのかと周りの人から心配もされましたが、昔から田舎育ちのばーちゃん子だった僕にとっては、そこはすんなり入っていける逆に落ち着いてしまうような場所でもありました。
僕よりも、目で見て盗んで覚えろ!でいままで何十年もやってきた師匠たちのほうが、いきなりやってきた若者の扱いにどう教えていいか分からず、戸惑っているようにも見えたのは、気のせいではないような気もします。

ジェネレーションギャップからなる意見の違いで、日々衝突も起こりますが、それが物づくりの現場ではいい刺激になって、技術の向上、高いメンタリティの維持に繋がって現在のクリエイティブで活気のある現場があるのだと思うし、そういう衝突が無い現場ではいい物が生まれる事は無いと思っています。

そろそろ僕が入社して4年という月日が経ちます。
もうすでに空洞化の危機を脱したと言える今、(ホントに?)若手のスタッフがFlathorityを立ち上げ、少しずつですが発表していけてるのも、影で支えていてくれている大勢の人達の歴史と技術に裏付けされた「自身と誇り」が後押しして出来ているという事にに他ならないのだと思います。

 
wakatsuki  
   
 

<第二回>

第一回に続き、なぜかまた私が指名されてしまった。
さー、何を書こう?
それでは、今回はFlathorityの原点になった初代キャタピラーショルダー完成の話です。
今から4年前の夏、モノ作りの現場を体験してみたいとある人物が会社にやってきた。彼はまだ、専門学校で鞄作りとデザインの勉強をしていると言っていた。一週間会社に来て、リュックを作れとだけ言いベテランの職人さんに預けて鞄を作らせていた。
その時作った鞄はお世辞にもうまいとは言えないけど、味のある良いリュックだった。
最後の日、一緒に飲みに言って将来の夢を語り合った。
居酒屋で2・3時間。そして彼の入社が決定した。
実際は一週間とは言え現場に通い(とても過酷な仕事なので)それでも「現場でやりたい」と言った彼の一言で十分だったのだけど。この時からオリジナルブランド発表は現実味を帯びてきた。
半年後、彼が入社してきた。
彼こそがFlathorityのデザイナーでありサンプル製作もしている若槻である。
入社後すぐ彼にあたえた仕事はオリジナルバッグの作成。
彼は立体裁断でのパターン出しをコンセプトにしてバッグを作りたいと言ってきた。
従来、鞄は2次元(平面図)を元に型紙を作っていきますが、立体裁断とは3次元(造形物)から型紙を作る事です。(主に靴や洋服なんかでやっている)最初にイメージする形を造型し、それに和紙を貼り型紙を作成していく為、型紙作成にとても長い時間を費やしますが、その分繊細なフォルムを出す事ができます。
私も興味があるので了承し、作成に入った。
数日後、恐竜の卵みたいなイビツな造型物が出来上がっていた。
ボストンバッグだと言っていたが私にはイメージできないので完成を楽しみにする事にした。

それから一週間後?

完成した鞄はなぜかショルダーバッグだった・・・
リュックの時と同じで上手くはないが、なんとも言えない味のある鞄でした。今でも、若槻が使っている。こんな感じです。


それからはひたすら、同じ鞄を作り続けさせました。
(ミシンのピッチを考えろ。コバの処理をもっと考えろ。Etc・・・)
私は言うだけなので、言いたい事を言っていたなぁ(ゴメンネ 若槻さん)
約半年の月日が経った頃、格段クオリティーの上がった鞄が出来上がりました。
4度目の型直しの末、現在のフェザーシリーズに落ち着きました。


最初に書いたラフスケッチがイモ虫みたいな絵だったのでキャタピラーとなった由来です。
デッドストックの革で製作した初代キャタピラーシリーズは実は貴重です。
その後、羽毛のように軽く・柔らかい高級感のある鞄にと開発していただいた革で製作したのがフェザーシリーズです。
その革の手触りには絶対の自信があるので是非お店で見たら手に触れて見て下さい。
ちなみに初代は映画「鞄・KABAN」で使用されたのです。
今では懐かしいオリジナル第1号完成の話でした。

次回は若槻に映画撮影の時の話でもしてもらいましょうか

 
shigeharu  
   
 

<第一回>

さー、第一回目に指名されてしまった。何を書こう?
やっぱり、立ち上げまでのながーい道のりかな。

私達がFlathorityを発表しスタートさせてから一年が経過しました。
多くの方からの問い合わせのメールを頂き本当に嬉しく思います。
発表までの準備期間を含めると5年。まさに紆余曲折でしたね。もちろん今も。
私はココで商品開発・それに伴う様々な出会いのエピソードを綴っていきたいと思っていたりします。

入社当時のカルチャーショック
私が鞄製作の道に足を踏み込んだのは5年前の事。
葛飾・堀切にある昭和27年から鞄を製造していた会社、。築48年という風格漂う(良く言えば)木造の建物にカルチャーショックを受けました。
創業時から働いていると言う職人さんからは、床や柱に使用されている木は廃校になった校舎から頂いて来たとか(一体、木は何年生きているのか?)
終戦後の家族愛をテーマにしたドラマの撮影にも使われたらしい。色々と聞かされていました。
さらに、5年経った現在も現役で凄みを増していく建物は、その時代の大工さんの技術の高さを証明している気がします。(実際、作業場を見に来て頂いた方々も感動してくれる事が多い)

Flathorityベース
作業場の話はこのくらいにするとして、幸せだったのは創業時から鞄を作り続けている職人さん達(今も現役)に出会えた事で、鞄作りの基本はもとより、モノ作りの情熱・心意気を学べた事でした。

それはFlathorityのベースとなり、現在の運営・開発を行う若いスタッフと共に継承していかなくてはならない大事な事だと思っています。
50年後の時代にも生き続けている商品を作っていきたいなぁと思っている今日でした。

次回はこの流れで2年目の話かな?あるのかな?次は誰?

 
shigeharu  

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