<第三回>
専門学校三年の初め頃からミシンがけのバイトを探し始めて、学校の先生のつながりで今の会社を紹介されたものの、なかなか素人である学生が都合良く出来そうなバイトなどそうそうあるものでも無いらしく、最初は断られました。
就職も決まらずこの先どうしようかと考えていた夏休みも終わりの頃、突然僕の携帯電話に一本の連絡があったんです。
その内容は、ミシンがけのバイトとまでは行かないが夏休み残り二週間、会社内での鞄製作を体験してみないか?
との事でした。(業界初!?インターン制度!)
人生サプライズが好きな僕は、その時帰省中で地元福島にいたんですが、
次の日には自作のバッグを片手に、葛飾区にある会社の門をくぐっていました。
そこでまず目に入ったのは、とても雰囲気のある階段と、そこにいる人たちの風景、、、まるで〜Always-3丁目の夕日〜でも(当時まだやってませんけど)見ているかのような、なんとも懐かしい古き良き時代の、昭和の風景がそのまま残っている工房に心惹かれてる自分がいて、インターン期間が終わった頃には僕の気持ちは固まっていて、(二回目のブログでシゲハルマネージャーが書いてますが)新宿の居酒屋で僕の入社は決定したのです。
当時、一番年が若い職人で僕の父親と同年齢の55歳、年長者で70歳と見事に空洞化していた会社で社会人一年目はスタートしました。
日本の社会問題ともなっている、バブル崩壊後の不景気、海外への技術流出による、製造技術の後継者不足に直面していた現場は、最初はやっていけるのかと周りの人から心配もされましたが、昔から田舎育ちのばーちゃん子だった僕にとっては、そこはすんなり入っていける逆に落ち着いてしまうような場所でもありました。
僕よりも、目で見て盗んで覚えろ!でいままで何十年もやってきた師匠たちのほうが、いきなりやってきた若者の扱いにどう教えていいか分からず、戸惑っているようにも見えたのは、気のせいではないような気もします。
ジェネレーションギャップからなる意見の違いで、日々衝突も起こりますが、それが物づくりの現場ではいい刺激になって、技術の向上、高いメンタリティの維持に繋がって現在のクリエイティブで活気のある現場があるのだと思うし、そういう衝突が無い現場ではいい物が生まれる事は無いと思っています。
そろそろ僕が入社して4年という月日が経ちます。
もうすでに空洞化の危機を脱したと言える今、(ホントに?)若手のスタッフがFlathorityを立ち上げ、少しずつですが発表していけてるのも、影で支えていてくれている大勢の人達の歴史と技術に裏付けされた「自身と誇り」が後押しして出来ているという事にに他ならないのだと思います。 |